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花咲いたブタちゃん走り ●マンガ・アニメの感想・考察・レビュー●

毒舌・批判・絶賛あり。作者さんの意図とか考えを想像するのが好・き!

聲の形 7巻(最終巻) 感想 この作品は、イジメや障害者について描きたかったのではない。

聲の形 7巻(最終巻) 感想

 

聲の形(7)<完> (講談社コミックス)

聲の形(7)<完> (講談社コミックス)

 

 

月日が進むのが早すぎて、発売日スルーしてました。
買いました!
 
ちょっと最後のほうクサかったですけど、きれいに終わって、また石田君の西宮さんが前向きに前を向くようになって、よかったなあという最終回でした。
 
 
■この作品は、イジメや障害者について描きたかったのではない。
 
■石田さんと西宮さんは似た者同士だった。
 
について書きます。
 

 

 
■この作品は、イジメや障害者について描きたかったのではない。
「基本的に、人の心はわからないものだ」ということが描きたかったのだと思います。
 
最後の石田くんの独白もそうです。
(正確ではないですが)
 
「小学校のとき、友達に、話しかければ期待どおりの返事がきていた。
だから、あいつらのことを、よくわかっているつもりだった。
言葉がそのまま心の中どおりなわけないのに。」
 
人づきあいの中で、心の中をそのままさらけだせる関係なんて、そうありません。どんな深い中であっても、それなりにその場しのぎの建前はあるはずです。
 
なので、石田君の独白するそんな関係は、よくあることです。
 
ただ、子ども(小学生)だったゆえに、完全にわかりあえていると思っていた。
自分が完全だと勘違いしていた。
 
こんなことも、よくあることです。
 
 
ただ石田君は、そのあとイジメの標的になったことで
「自分は完全ではない」
「自分のコミュニケーションは完全ではなかった」
ということを、痛い目をもって思い知らされます。
 
 
石田君は独白をこう続けます。
「急にあいつらのことが全くわからなくなって、怖くなってしまった」
 
そして石田君は、世の中のみんなに「×」をつけて、下を向いて、人と関わることを拒絶してしまいました。
 
 
対して西宮さんは、はじめから
「自分は完全ではない」
「自分のコミュニケーションは完全ではない」
ことを知っていました。
 
だからこそ、人と接する恐怖は並大抵ではなかったと思いますが、果敢に輪にとけこもうとしていました。
 
ただ、西宮さんの手話は筆談は、
子どもにとって、さほどコミュニケーションの武器にはなりませんでした。
 
 
相手の考えていることがわからない、
コミュニケーションがうまくとれない、
孤独の恐怖。
 
石田君と西宮さんが抱えるものは根本的に同じです。
 
声が聞こえないのも、声を聞こうとしないのも、
声が聞こえていないという点では同じです。
 
 
ただ届く声がある。
そしてそれにはいろんな形がある。
決して言葉どおりではない。言葉だけではない。
視線とか、態度とか、行動とか…。
 
そういう意味の「聲の形」なのかなと。
 
 
●人が死にたくなるとき=孤独なとき?
余談ですが、「人が死にたくなるとき」というのは、「孤独なとき」なのかな、と思いました。
(自分から全てを切り離すパターンと、切り離されてしまったパターンがあると思いますが。)
 
人間は個体そのものは非力な集団動物ですから、社会から断絶したときに生きる術が見いだせなくなるのかもしれない。
 
(ちなみにうさぎが「寂しいと死ぬ」と言われているのも、うさぎも集団動物ゆえ、一匹では生きるのが困難で死んでしまうらしい)
 
 
先日、人の「生きるモチベーションは生命保存以外に何があるか」というテーマについて、エヴァ最終巻においては
「一瞬でも人とわかりあえる瞬間があること」
というまとめがありました。
私は個人的には、それだけでは日々の日常を前向きにさせるほどではないと思います。
 
そこでいくと、
「人は人とわかりあうために生きている」…とは言い切れませんが
「人は孤独で死ねる」ということは言えると思います。
 
 
生きていくためには、「誰かに必要とされている」または「自分がこれは必要だと思っている」という、“現世にひっぱられる力”が要るのでしょうね。
俗に“未練”というのかもしれませんが。
 
 
●自分の心を伝えることはできる
話をまとめますが、
「この作品は、イジメや障害者について描きたかったのではない。」
「基本的に、人の心はわからないものだ」ということが描きたかったのだと思います。
 
ただ、「人の心はわからない」けれど、
「自分の心を伝えることはできる」。
 
 
イジメがどうとか、障害がどうという表層的なことはさておき、石田君と西宮さんのコミュニケーションは拙い。けれど、コミュニケーションの本質を描いた作品だと思います。
 
 
 
■石田さんと西宮さんは似た者同士だった。
こちらは余談として書きます。
 
二人がやっと「通じ合った」のは最終巻の橋の上。
 
それは二人が「伝えあった」ことによって「共感し合えた」からだと思います。
 
 
橋の上で、石田君は西宮さんに謝ります。
「自分が君のことを理解できていなかったから、
君を自殺まで追い込んでしまった」
 
西宮さんは、それに反論します。
 
が、手話でこたえているだけなので、
私のような手話のわからない読者にはわかりません。
 
けれど、そのあとに石田君が西宮さんの手話に対して拙く諭します。
 
西宮さんの発言内容はわからないものの、石田君の実感ある言葉によって、読者はようやくああ…西宮さんはかつて石田君が自殺を決意したのと同じように、死んでしまおうと思ったのか…」と理解します。
 
 
石田君の自殺の決意でこの物語ははじまり、
西宮さんの自殺の決意でこの物語は「転」を迎えます。
 
 
「孤独」は「喪失感」によって最も強調され、人を死に追い込む。
 
のだとしたら、
かつてクラスの中心的やんちゃ少年だった石田くんがイジメによって受けた喪失感。
 
そして、西宮さんは実は「友達を得る」ことが今回初めてだった。
でもそれを、自分が台無しにしてしまった。
その喪失感。
 
二人は二人によってようやく同じ喪失感を得て、同じ結論に至った。
だからこそ、ただ「伝えあう」だけではなく「通じ合」え、
互いを救うことができた。
この作品のカタルシス部分。
 
 
物語として素晴らしい構成ですよね。
 
 
そして最後、二人の夢は、実はどちらも「理容師」だった!
そんな「通じ合い」サプライズ
 
 
同じ喪失感を得て救い合えた~だけでは、何か物語としてピシっと引き締まらないなか、二人の夢が同じだったことは、急接近を約束するようなワンプッシュです。
 
 
「二人の距離感」を見事に描ききった名作だと思います。
 
 
 
●さらに余談
めちゃくちゃ褒めちぎってしまいました。
いやだって、こんなに泣ける作品は私にとって久々だったんですよ。
 
でもじゃあ、私にとって「今年一番のオススメ作品!」かというと、別にそうでもなかったりします。
 
こういう作品、漫画・文学・物語オタクウケしますけど、大衆ウケしないんですよね。。。
 
「このマンガがスゴイ!」にも堂々の一位にランクインしてましたけど、あのランキング、完全に漫画・文学・物語オタク向けランキングですよね。(深読みする暇がある人向けっていうか。)(しかもちょっとにわかっぽい。。)
 
 
かなり繊細で緻密な物語なので、昔の少女漫画ファンなんかは好きそうですけど、今の少女漫画ファンからすれば地味すぎますし。
 
 
 
●今後の大今良時に期待する作品
 
ずばり観念SFですね。
シュタインズゲート的な…地味だけどエグい、みたいな。
 
「マルドゥックスクランブル」も面白かったんですけどね。
アクション(動的な絵)と心理描写、読者を驚かせる演出は上手なのですが「派手」ではないんですよね。
 
 
「マルドゥックスクランブル」はド派手なアクションと展開が持ち味だと思ったので、ちょっと合わなかったかな?と思ってました。
 
鬼頭莫宏とか…はちょっと暗すぎるけど壮大なスト―リーなわりに出来事的には地味、みたいな作品を次回見たいです。
 
観念SFなら、演出力も活かせると思いますし。
(あの「×」とか、ふきだしの言葉半分カットとか)