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花咲いたブタちゃん走り ●マンガ・アニメの感想・考察・レビュー●

毒舌・批判・絶賛あり。作者さんの意図とか考えを想像するのが好・き!

寄生獣 アニメ化 なぜああだったのか、寄生獣という作品 反省 感想 考察

アニメ マンガ
寄生獣 アニメ化 なぜああだったのか 反省 感想 考察

寄生獣 セイの格率 DVD BOX II

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寄生獣 セイの格率 DVD BOX I

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正直に言いますよ。
感想は人それぞれだと思いますけど、私はあの手抜きな作りに憤りすら感じました。

また同時期にジョジョがやっていたので、ああいう…製作に愛されて作り込まれている作品と見比べると、あまりにも愛がない。まあな~~~ジョジョはまさにファンと製作の愛によって稼働したプロジェクトだからな~~~

寄生獣は映画化の販促アニメだから、原作ファンのためではなく、むしろ「えっ寄生獣ってなに?」というライトオタク層向けに作られたんだよね。


それはわかる。
わかるよ。

でもさ!

だからってうっすいチープな演出してんじゃねえよ。


広い層にアプローチすることと、
じわじわくる深い作品を作ることは、

両立すっから!!!!!!


1クールでもできっから!!!!!!




このあとだらだらと不平不満を書きますけど、結局アニメのコンセプトと原作の人気がでた部分が逆方向なんですよね。それでも、アニメコンセプトよりにするんなら、それこそキャラデザとかシナリオ自体を変えるべきだった。
結局両方の悪いとこどりしたような作品になってしまった。

もうね、プロデューサーなのか監督なのかわからないけど、やっつけ感がはんぱないわ。愛もなく、いろんな人の要望をごっちゃまぜにしたらこうなりましたけど何か、みたいなそんな印象です。

原作ファンとして、アニメのことはアニメとして楽しもうと思ったけど、何の気慨も感じられない作品には、原作どうこう以前に見る価値がない。(つっても観たんだけどさあ、最後まで。)


▼以下、愚痴祭りですが、一応最後に原作の考察をはさんで、アニメこうしたら良いのでは?という結論を書いています。




■考えるべき点

●新一のキャラデザ
やっぱなあ…新一のメガネはやりすぎだったなあ。「あれ、なんか変わった?何かあったの?」くらいの変化が肝だったのに、「あなた誰ですか?」って感じだったもんなあ。
あと、クラスカーストのポジションがわからなかったな。原作だと中の上だけど、アニメだと、デザイン上は中の下じゃないですか。でも、モテてたりするし。キャラデザ変えるなら変えるで、一貫させてほしいよ。



●里美のキャラデザ
里美ちゃんも、最終回の里美ちゃんだけは良かったよ。
でも高校の時のオットリデザイン?今時の高校生で、あんなオットリな子とメガネくんが、告白しないまま付き合ってます、セックスします的な流れにならないと思うけどね。なんかさあもっと、スポーティなデザインで良かったんじゃあないの?

あんな、美術部のメガネ女とつるんでるような女が、告白なしに男と付き合うわけない。最終回はようやく二人の関係性が描かれたのに、これまでの蓄積が意味不明だったので「いいや…この人になら見られても…」とか言われても、「あんたら、どういう関係だったの?」という感じだった…。


●小道具の活用
さりげない…例えば新一とミギーが部屋で会話しているようなシーンで、ミギーが本読んでるとかさ。ミギーのあの思索行動からして、ネットで吸い上げられる情報からは逸脱していると思うんですよね。
生物図鑑とかだって、ネットには限度あるわけですよ。

新一のお父さんなんかは、絶対本読んでるタイプだから、新一が本を持ってなくても、お父さんの書斎から勝手に読む、みたいなシーンを、会話がなくてもいいから入れるべきだったと思いますよ。

またムカツクのが、ネット閲覧で全て解決できると思ったわけ?スタッフって、本読んだことないの?バカじゃないの?


●音楽
これは本当に最悪でした。最悪すぎて何も言えません。
OPもEDもだめすぎる。やっすいラノベですか。途中のぺポぺポ言ってんのなんなんだよ。澤野さんとか明田川さんだったら…と思うと腸煮えくりかえって仕方ありませんわ…。


●演出
シリアス路線でいきたいのか、ファンタジーアクションバトル路線でいきたいのかさっぱりわからん。原作はシリアス路線だし、でもアニメ的には流行りのファンタジー要素入れたかったんだろうけど。
作風がブレブレなんじゃどうしようもない。
(ごめん、この件は、後半のミギー奪回の時のすさまじい電撃の部分だけだ)

でもアクションもテンポ悪かったな~~。。。攻撃が重くないし躍動感ないし。

あと私の大好きな田村玲子のシーンのいくつか。目が合ってブワっとなるところなんか、過剰演出でしらけるし…。スプーンなめながら「10秒で皆殺しにできるわ」も、急にアップにするからそれも過剰演出だし。


●スタッフ
・監督
主に海外アニメ制作の実績がある人らしい。国内のプロジェクトではほぼ名前は知られていない。しかも特撮系の人らしいんですよね。クールジャパンよろしく海外向け販促アニメなのだとしたら、原作の日本らしい地味な部分はカットして、テンプレっぽくしてんのかなあ。

アクションには定評がある。ということなのかなとは思いますが。大味な作品が得意なのだとしたら、寄生獣は実は地味なところがウリの作品だから、合ってないんだよな。まあ、映画の販促、クールジャパンがテーマなのだとしたら、地味さを無くしたい、という意図があっての采配なんだろうと思うけど、じゃあシナリオ変えるなりしろよ。なんかひじきにマヨネーズかけただけです、みたいな作品だよ。(…うまいたとえが出てこなかった…)


・音響・演出
にっくきハンターハンター第二作チームだということが判明。
観ているときから、「なんかハンターハンター第二作臭がすんなあ…」と思って調べたら案の定だよ!!!!
曲が大袈裟、タイミングあってない、バトルなのにゆっくりでスピード感がない、セリフと動きのテンポが合ってない。
原作のシーンを無理やり子供向けにしようとして一貫性を失う。

アンパンマンとかプリキュアのチームでもあるそうだから、子ども向けなのかなあ。子供向けにわかりやすくしたりゆっくり進めるのはわからんでもないけど、こんな大人の体感と違うものなのかな~~。

子ども向けっていっても、寄生獣が小学生向けってことはないだろうし。

どういうチームなんだよ。なんで寄生獣でこのチームなんだよ。誰が考えたんだよ。プロデューサーですか?


●コンセプト
これを言ってはおしまいですが、原作とアニメのコンセプト合ってないよ。アニメのコンセプトを貫くなら、ストーリー変えてくださいよ。もっとギャグ多めにするとかさあ…。





■悪くなかった点

●新一と里美ちゃん以外のキャラデザ。


●ミギーの声。
はじめは平野綾はねえなと思っていたけど、「ワレワレハ ウチュウジンダ」的な狙いだったのねと思えば悪くはなかった。


これは…もう理想的なキャスティングでした。今思い出しても、発表を聞いたときのゾクゾク…。。。でも演出が最悪だったので、かっこいいシーンも何の印象も残らないシーンに。あーあ。





■改めてきづいたこと 寄生獣という作品(原作のほう)

●テーマ的には派手に見えるけど、実は地味な作品

岩明均という作家は、わりとマスな「集団心理」とか「文化」とかを描くのが好きな作家です。
だからこそ、本人も言っていますが、登場人物にキャラクター性を求めていない。

読み切りなどを読んでいても、主人公は普通の人…というか「一般人」。主人公がいない場合もある。「こんな状況になったとき、人々はどう考えどう動くのか?」みたいなのが根っこにあるように思います。

寄生獣もそういったわけで、「新一とミギーの物語」というていをとりながら、日本という集団はどう動くのか?一般人にどんな影響が与えられるのか?というのが、あまりにも非日常的テーマでありながらも、大きな「日常」という枠の中で語られています。

感想サイトか何かに、「アメリカとか出てこないと、話が拡がらないんじゃないの?」なんてまとはずれな指摘をしていた人もいましたけど、作者は壮大なドラマを描きたいわけじゃない。

ささいなドラマ(例えば探偵のおじさんとか)の積み重ねで、そうやって「社会」ができている、みたいな、結局「社会」とかそういう、劇的ではない流動的かつ普遍的なもの、を描きたいのだと思うんですよね。



寄生獣キャラクターの、キャラクター性のないリアリティ

思ったのは、新一とか里美って、趣味すら描かれないじゃないですか。

でもよく考えたら、世の中の人々、たいして趣味らしい趣味ないですよね。ないから、「うーん、映画鑑賞?」とか「読書?」とか言うわけですよ。でも細かく考えると、大半の人の言うそれは趣味ではなく暇つぶしだったりするじゃないですか。

だから、趣味なんか設定したとたん、特別なキャラクターになってしまう。エピソード的に無駄だから省いた、というのもあると思いますが、特異な作風だと思います。

趣味もない主人公なのに、すごく説得力のある、「普通にいるだろう、ちょっとしっかりした男子高校生」像が描けているのは、それは作者の観察眼の賜物だと思います。



●ストーリーとキャラクター性がクロスしないと名作にならない

ただ、名作と呼ばれる作品には、絶対的なキャラクターが必要です。寄生獣の場合、その大役を果たしたのがミギーだったわけです。

作者も言っていた「風子のいる風景」だったかな?という作品でも、きっと作者は「様々な人々」を描きたかったのだと思います。だからこそ、喫茶店という舞台設定をした。でも結局、世界が小さいと、「人物」、つまり「キャラクター」を描かざるを得ない。

寄生獣ヒストリエといった、広大な舞台設定が、「様々なモブキャラクター」を描くためにはぴったりだったのでしょう。

そんな中で、ミギーというキャラクター性が生まれたのは、作者からしても奇跡的な幸運、天祐、出会いだったと思います。



■アニメはどうしたら良かったのか

だからねえ、アニメを派手にしたいのであれば、新一のドラマにスポットライトをあてるのではなく、ミギーの派手さ、チャーミングさにスポットライトをあてるべきだったと思いますよ。

それで、後藤の一件で主人公が初めて新一になる。これまで翻弄されてきたばかりの新一が。だからこそ、後藤の件でミギーを失った喪失感が映える。そしてまた再開できたとき、コンビとして完成し、最終回には新一が主人公としてのドラマが完結する。

新一はサブ主人公なんですよね。ジョジョ4部でいう康一くん、ソーマでいう恵ちゃんみたいな。


ミギーが主人公で新一がサブ主人公、という構造をスタッフが理解していたら、アニメコンセプトともブレすぎず、もっとアニメならではの面白さが出た作品になったかもしれないなあ…。