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花咲いたブタちゃん走り ●マンガ・アニメの感想・考察・レビュー●

毒舌・批判・絶賛あり。作者さんの意図とか考えを想像するのが好・き!

親が離婚すると子供は不幸になるのか?

親が離婚すると子供は不幸になるのか?



たまたま「カバチ!」が離婚問題を扱っていたり、
こやまゆかり作品を見ていると育児・離婚問題が多かったので考えてみた。



二作ともきちんと結論を出してくれていますが、
離婚が子供を不幸にさせるのではない。

親が後ろめたく感じていたり、恨みを持っていたり、後悔があったり、不平不満を言うから、子供が不幸になる。



その通りだと思います。



まあー人によって違うのかなあ。


ちなみに私は離婚第一世代です。

うちの親も私が幼稚園のときに離婚しているし、
中学校の頃、クラスの三分の一は母子家庭だった。
(板橋区の区立です)


でも別に不幸だーって言っている人は見たことないなあ。


時代かもしれないですけど。

小学生の頃から、
引け目なんて感じたこともないし、
別の家庭と違うなんて思ってもいなかった。

母親が毎日帰り遅くても、ゲームできるしラッキーて感じだった。
母子家庭向けの遊園地券とかももらえるし。
ご飯だって、自分で作ってるなんてカッコイイと思ってたし。



不満があるとすれば、体操着が学校でリニューアルされたとき、
学年で私だけ古いのを使い続けていた。

学校指定の工作用教材を買ってもらえず、
自分だけ学校から貸し出ししてもらっていた。

中学卒業式のとき、クラスで私だけ携帯を持っていなかった。



当時は親を憎みましたけど、「はあ?なんで?学校が買えって言ってんだよ?みんな買ってんのになんで?」という怒りでした。
今でも思い出し怒りできます。





でも!25歳くらいになってから聞いたのですが、実はうちは貧乏だったそうなのです!!






私、自分ちが貧乏なんて知らなかったんですよ。
うちの母って偉大じゃないですか。


そういやクラスでたまごっちやシールが流行ってたときも、私だけ持ってなかった。
でもたまごっちもシールも別に趣味じゃなかったから、いらなかったんですよね。

毎週道に落ちてるジャンプとマガジン拾って、模写するのが趣味でした。笑


下手したらイジメられてもおかしくない状況。


何回かイジメられそうになりましたけど、幸いにして私は気が強かったんですよ。
うわばき隠されたら朝礼で
「上履きがありません!隠したの誰ですか!?」とか言ってたし、
シールなくてバカにされたときも、
「それ集めるの本気で楽しいって思ってるの?」とか言っていた。

周りも小学生ながら大人で、意地悪言うのは子供っぽくてダサい、という考えだった。最近のイジメの話とか聞いていると、今の小学生はそうでもないのかな?便乗して意地悪なんて、する人少なかったけどなあ。


ついでに今思えば、私は男の子の友達が多かったんですね。
だからイジメられなかったんだな。

ちなみに高校は女子校でこっちのがよほど便乗して意地悪するような次元の低い環境でしたが、私はギャル軍団とも仲良くしていたので、一回ハブにされても大丈夫だった。


うーん。無意識的にリスクヘッジしていたのか、心底運がいいのか。




まあ、話戻しますけど、うちの母は偉大ですよ。
20歳くらいまで憎んでましたけど。
自分が仕事するようになり、貧乏だとタネ明かしされてからは頭が上がりません。

20歳まで憎んでいたのも、貧乏なのを知らなかったので、ケチすることで私に意地悪してるんだ、と思ってたんですよ。笑
意地悪ばっかしやがってと。


実はお金がなかったから、買ってあげたくても買ってあげられないだけだったのに、よく20年間隠してたなと思います。憎まれてでも。

確かに、今思えばですけど、結果的には憎んでいたほうが活力のある人間になれたんじゃないかと思います。常にどうやったら説得できるのか、とか、完全犯罪ができるのか、とかこの状況から脱出できるのか、とか思ってましたから…笑

一人暮らしするときは周囲から大変だとか寂しく感じるとか親に感謝するとか言われましたけど、5年以上たつけど一瞬もそんなこと思ってないわ。


逆に親を同情していたり、うちは貧乏なんだ…と思ってしまっていたら、コンプレックスになっていたかもしれません。





さて、なぜ貧乏だと気づかなかったのか。
そういえばクリスマスプレゼントも、小2のときからもらってません。理由は、本当は貧乏だったからんでしょうけど、母からは「サンタなんていないんだから、意味ないんじゃない?」と言われました。

当時は「ふつー言うか?子供にそんなこと…」と思っていましたが、変わった母なんだと思ってました。


まあ、変わってました。余談ですけど、小5のときだけクリスマスプレゼントくれたのですが、なぜか「異常快楽殺人」というハードカバーのドキュメンタリー本でした。
「これ面白いよ」と。確かに面白かった。実際にいた人食いの人の話とか。ていうか自分が欲しかっただけなのかもしれない。図書館で読んで面白かったから。



あと、ご飯は豪華でした。
豪華というか、素材が良かった。海苔、梅干し、鰹節、味噌、出汁、自家製めんつゆなど、こだわってました。だから、むしろ金持ちだと思ってました。


服は全然買ってもらえませんでした。ちょっとコンプレックスでしたけど、母は昔デザイナーになりたかったらしく、裁縫が得意なのです。なので私も変わった服を着ていたり、リカちゃん人形にゴージャスなドレスや私とお揃いの服を作ってくれたりと、思い出してみれば自慢の母だったのです。


それが趣味だからこそ、貧乏ゆえの苦肉とは気づきませんでした。



そういえば、母はダンスが趣味で、週一で通ってました。子供の教材買わないのに…おかしいな。こやまゆかりマインドを感じます。笑

その週一は、夜一人で家にいるのですが、私は毎週楽しみにしていました。なぜなら、アニメが観れるから。母はアニメが嫌いなので、ジブリドラえもんの類も全然見れなかったのです。ちょうどその時間は幽遊白書、パプワくん、ジャングルの王者ターちゃんとかがやっていて、密かなお楽しみタイムでした。



そんなわけで母とは色々ありましたけど、今は互いに認め合い、支え合えていると思うし、私は多趣味な母も自分も大好きです。
だし、子供の頃から親が離婚していることに違和感がなかったし、何かトラウマやコンプレックスもないんじゃないかなあ。

まあゼロじゃないけど、コンプレックスなんて誰でもあるしなあ。




むしろ学校生活の中で、「この子性格悪くてやばいな」という子は、だいたい親が過保護だったり甘やかしでした。親があんたは特別!と言い続けるから、学校でも絶対的女王様でいたいという。

私は子供いないので、言える立場ではないですが、「育てる」「親の責任」というのは、あくまでも子供が自立した大人になるための人間性、社会性を支援するまでですよ。
何の不自由もなく暮らしてあげさせることは、悪くはないけど、別に意味はないかもしれない。



ということで、またしても長い自分語りでしたが、
世間の論調で離婚だとかなんだとかだと子供がかわいそう、と言うけど、
それは没個性的な発想ですよ。
子供は全然かわいそうじゃないです。

なんで普通の一般家庭のくらしができないことが、かわいそうに繋がるんですか?

いろいろな人がいるように、いろいろな暮らしがあっていいし、
迫害や理不尽があったとしても、人生ってそういうものじゃないですか。


よくもわからずかわいそうとか、人様を気楽に下げる発言をするような人を親にもった子供のほうが、よほどかわいそうですよ。

子供は幼少の頃は親を超えることに違和感を感じますから、親は大きくそびえたってたほうがいいんじゃないかなー。



と子供もいないのに考えてみた。